2008.11.27

美周郎にあらず

先日、レッドクリフを観に行ってきた。
感想を述べるより何よりも、取り合えず…周瑜が全然美形じゃない。
まぁ、公開前から十分知っていたことなのだけど、シネマにて観ると余計にそう感じてしまった。芋っぽい。向こうの国では美形…なのだろうか。三国志のキャラは色々な作品で美形化され過ぎな側面があることも否定できないが、周瑜だけは絶対的に美形でなくてはならないのに。まぁ、これは個人的な拘りか。でも、かなり落胆する点であるのは確かである。少年の笛の穴を広げてチューニングしてやったり、諸葛亮と琴を協奏したりと音曲に通じていたという演出が結構なされていたのは良かったが。
他の人物はあんな感じかな、という具合だったかな。関羽とか張飛とか。趙雲はやや北方より過ぎかなとも思ったけれど。
で、内容としては、前編たる今回は長坂あたりから赤壁前哨戦まで。導入部の長坂の戦いの後は、諸葛亮の呉へのお使いがメインでまったりと。趙雲の敵中突破とか、孫権の机ぶったぎりとか、色々名場面的なものはあらかた再現されていたようにも思われる。
また、後半の戦闘シーンの山場、曹操軍の騎馬戦力の別働隊を八卦の陣に引きずりこんで殲滅するくだりはまさに「こうめいのわな」と言ったところで、集団戦はなかなか見所があった。もっとも、戦闘は集団戦とは言っても、どうしてもメインとなる武将達が一騎当千の働きで、無双ぶりを発揮しているが。そこが三国志らしいと言えばらしいと言える。何か、演出的に、大事な武器を投擲し過ぎな気もしたけれど。
でもまぁ、総じて言えば、パート1ということで、あくまで赤壁の前哨戦、メインディッシュはおあずけ…な、パート2に向けての前フリという感じはあったかもしれない。パート2はまさに赤壁の戦い本編の熱いところなので、おそらく観に行くことにはなると思うのだが。
これで周瑜が美形だったらな。より視聴意欲は湧くというのに。
くどいようだが。

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2006.11.09

再戦

昨日、といっても既に一昨日となってしまったが、映画[DEATH NOTE the Last name]を観て来た。
本当は、公開初日にレイトショー目掛けていったのだが、満席。そして、もう1つの映画館にも足を伸ばしてみたけどそこも満席。後編公開目前にテレビで前編を放映した効果が現れたのかもしれない。
というわけで、初日には梯子したにも関わらず見ることが出来ず、やさぐれ、腿を叩く羽目となってしまったのであった。
そんな哀しい思いを胸に、リターンマッチ。無事に見ることができたのであった。おまけに、メンズデー効果で安くてお得であった。

肝心の内容はというと、いつものことだけど、結構話を圧縮しているなと。映画という短い尺の中に収めなければならないのでそれは已むを得ないといったところだが。まぁ必要な所を凝縮して、まとめることは出来ていたと思われる。原作を知る身としては展開が急な気もしたけど、映画版単体としてならまとめ方としては悪くはない。
ストーリーの内容はネタバレ要素を含むため、詳細を書くつもりは無いが、基本的には原作を踏襲しつつ、若干映画版独自の要素と展開を含んで締め方に持って行くという…ネタバレを避けると何ともありふれて当然なことしか書けないが、まぁそんな感じ。
原作屈指の名場面、テニスが無いのは残念だかそれはしょうがない。
終わらせ方としては、若干疑問も残るけど、個人的には原作よりは良いかもしれないなと。もっとも原作のほうは「1晩」の衝撃が大きかったせいもあるかもしれないが。あとはちょっとLが美化されてる感も少し。
あと、夜神月としてはルックス的にどうかとか、舞台畑出身のせいか演技が過大すぎるかと思っていた藤原竜也だけど、ラストシーンの演技は良かった。いや、演技の善し悪しなど語る資格は自分には無いと思うけど、良いと思えた。これだけで藤原の採用は正解だったと思える程に。
そんなラストシーンの緊迫感、盛り上がりは良かったので、最後を見るだけでも価値はあるかも。
原作とどう違った終わらせ方をするのかばかり考えていた身として、ラストシーンに注目し過ぎていた感もあるけれど。まぁ、原作好きの人もここのために見ても悪くはないよと回し者的にまとめてみる。

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2006.06.18

壊れた影、壊れた影絵

映画版『DEATH NOTE』を見てきた。レイトショーで。
映画は微妙だろうとか色々考えていたけど結局は見に行ってしまったと。することがないからというのもあったり。レイトショーにしては結構人がいたような。一応埋まっていたし。原作が人気あったからそれなりに気になる人が多かったのかな。純粋に映画からという人はまずいなかっただろう。
漫画や小説原作の映画だといつも、原作が既にある分、映画化するとどうしてもキャラの掘り下げが物足りないように感じられてしまう。当然、限られた時間という尺の中に納めなくてはならないし、キャラの心情は役者の演技で魅せる、というのが本来映画としてはあるべき姿なのだろう。しかし、ことこの『DEATH NOTE』は、原作ではキャラの思考が独白形式で漫画にしては多すぎるくらい延々と書かれていて、キャラの行動の動機づけを示し、ひいては心理戦としての緊迫感を表現するのに一躍買っていたように思う。それが無いからキャラの動きが説明不足というか、妙に行き当たりばったり浅はかに見えてしまう。原作を知っている分そうなのかもしれないが。
キャストは、Lなんかはメイク頑張っていたし、見た目は頑張って似せようという意気込みは見えた。藤原竜也は、月にしては丸いし微妙だと思っていたけど口調とかの感じは割りと頑張っていたんじゃないかな。ただ原作では一貫して月の一人称は僕だったのに、唐突にたまに俺になったりするのは少し不自然。あと、今ひとつ完璧超人っぷりと(これはまぁしょうがないが)冷酷さが感じられないような気もした。それにしても捜査本部の人間は空気過ぎ。父親、松田あたりは認識できるけど、相沢だの模木だのはどれがどれだか分からない。いや、さすがにアフロだのマッチョを揃えろとまでは言わないけど。まぁ、あの辺はほんとに脇役の脇役という扱いだろうからどうでもいいのか。リュークはやはり不自然で。でも、それも見ているうちに段々慣れてくるというか麻痺してた。ミサは声のトーンが低い。無理している感が出ていたような。あとは、キラについて談義している人等のチョイ役の演技は酷かった。
お話としては、原作で言うと2、3巻くらいまで、月とLが直接対峙するまでを映画版オリジナル要素を加えて若干アレンジしてみた、といったところ。削る部分が多く出てくるのが必然なのにそれいらなくないか?というシーンも増やされてたり。シブタクの運びとか。オリジナルキャラの秋野詩織と南空ナオミをよく動かすようにするためいじってみた感じか。
見ていると漫画に比べるとちょっと緊迫感にかけ、淡々と出来事が描写されているな、という印象も受けたけど、オリジナル要素のラストの辺りのシーンは結構良かった。デスノらしいというか。「計画通り」な邪悪な笑みが欲しいところではあった。でもあそこのシーンで月がペンを手にするところは蛇足。全ては計画通りに運んでいたわけでそんな必要まったくなし。
トータルとしては、まぁ…こんなものだろう。といったところ。凄い期待を抱いていたなら、駄作とレッテルを貼ってしまいそうだけど、過大な期待はしていなかったし、どんな感じなのかなといった程度の心境で見たから。
でも、結局後編も見には逝くのだろう。話的にはヨツバが出たりするあたりには行かない感じで、Lとの対決で終わらせるだろうし、大分原作とは違うことになりそうだから。相打ちが妥当なラインかと思うがどうすることやら。とりあえず、どう落とし込むのか、まとめかただけは見ておくかというところ。総合的な評価は後編次第。

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